Facebookの「いいね!」は、よう分からん

久しぶりに髪をショートカットにした。

たぶん20年ぶりくらいで、うち10年くらいロングヘアだったので、自分的にはけっこう変わった感じ。

テンションが上がって人に見てほしくなったので、知り合いが撮ってくれた写真をホイホイとFacebookに投稿したところ、過去最高か?くらいの数の「いいね!」をもらっている。

かなり気合いを入れて撮ったオーロラ写真よりも、(本人的には)死ぬ気のアドベンチャーだったビショップのハイボルダー写真よりも、髪を切った私の写真の方が「いいね」が多いって…(しかも低スペックなスマホで適当に撮った無加工のやる気なし写真なのに。)

Facebookのいいねは、ようわからん〜

 

珍しいもの、自分じゃ見られない景色とかの方がいいんじゃないかと思ってたけど、違うのかなあ。

とはいえ、私の顔が出てる写真は反応がいい(「いいね!」が多い)気は、前からうすうすしてたんだよなー。

「いやいや、まさかね」と思って打ち消してきたけども。

うーむ、自撮りは苦手なんで、実験は気が重いな。(たぶんしない)

 

あと、今回は爆笑してた瞬間だったので、くっちゃくちゃの笑顔だったのも功を奏したのかもしれない。

たしかに友だちや知り合いの笑顔写真には、なにはともあれ「いいね!」をつい押しちゃうわな。

オーロラとかビショップとかは興味がなかったらスルーしそう。

 

そういうことか…

ということは、

「単純な『いいね!』がほしかったら、自分の笑顔写真を投入」説。

 

…え、これキモくね?ww

やっぱ無理だ。

 

ってとこで、ぐるぐるした。

 

そして、久しぶりに投稿して「いいね!」をたくさんもらって、この麻薬性を思い出した。

私はこうして自己承認欲求を満たしてたんだなー。

 

以前の私はSNSが大好きで、何年もどっぷりと浸かっていた。

Web系の仕事をしていたからだと思っていたけど、今にして思うとそれだけじゃない。

当時は恋人とうまくいってなくて一緒にいても話をあんまりしなかったし、仕事が忙しくて友だちともなかなか会えないし、上司からも否定されてばっかりで、その鬱憤をはらすようにSNSに依存していた気がする。

話を聞いて欲しい欲を満たしてもらえたし、SNS越しにずっと話してるような友だちもたくさんできて嬉しかった。

日本全国、ときには海外にいる人ともリアルタイムで話せて、なんだか自分の世界が広がった気がして誇らしかった。

友だちにメールするにははばかられる深夜でも、誰かは反応を返してくれる感じだから、寂しい時とか、心細い時とかに救われた。

 

いいね!やフォロワーや友だちの数が多いのは、Web業界では影響力があるということでちょっとしたステータスでもあるので、上司や周りに見せつけたい、見返してやりたいという復讐に似た気持ちもあった。

 

なんつーかねー。

浅いというか、かわいそうだったねー、わたし(;´∀`)

一生懸命なんとか埋めようとしてたんだなー。

自己承認欲求って厄介だ。

 

SNSに投稿している人はみんなそうと言っているわけじゃなくて、私がSNSにどっぷりだった理由はそうだった、ということです。

最近は、話を聞いてくれる人も身近にいるし、会社辞めてストレスもなくなったので、SNSを控えても全然問題なかったんだと思う。

 

いやはや。

なんつーか、わたし、幸せだなあ。ありがたいことに。

 

なんてことを、久しぶりのFacebookで思ったりした。